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第6回ゼミ報告
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1 [ミツザワ]
OB*OGの皆さま、こんにちは。
今回は第6回目の司会者が体調不良のため、代わりに先週と同じく三津澤が司会を担当させていただきました。
5月26日 第6回ゼミの報告をさせていただきます。
まず始めに、個人テーマ「合唱」では、中世とそれ以前の合唱の歴史を踏まえ、合唱発展に際してグレゴリオ聖歌の音楽史での立ち位置について考察しました。
そして、「現在一般的には、西洋音楽の合唱はグレゴリオ聖歌から始まり、さらにそれが発展したと考えられている。しかし実際は、グレゴリオ聖歌はそれ以前の音楽を部分的に禁則しているものであり、それ以降の音楽も発展という考えではなく、禁止されていたものを開放し、回復・再興していったものではないか」と、主張し、ディベートを行いました。
フロア側からは、
「何故、復活祭や聖体祝日にはセクエンツィアは禁止されなかったのか。」
“中世に開発されたもう一つの技法として、冒頭の句を独唱者が歌い、フレーズの残りを全体合唱で歌う形式がある。“という部分から、
「開発ということはグリゴリオ聖歌から始まったという一般的な考えとそこは一致するのではないか」
キリスト教音楽について、
「なぜ女性が578年ごろから合唱に加わらなくなったのか」
といった意見や質問がありました。
そして評決の結果、発表者側の勝利となりました。
次の個人テーマ「建築」では、ドイツではたくさん存在するが日本にはあまり見られない街道について、“ロマンティック街道”を常に観光街道の中で最も知名度が高いものと仮定し、当時(日本に各観光街道が持ち込まれた年)の日本における需要と交通の便を他の3本の街道と比較し、需要に影響を及ぼすものを考察しました。
そして、「ドイツのすべての街道には〇〇街道といったようにその街道の特徴やテーマが記されいる。その特徴やテーマが日本人にどの位身近に感じるかによって需要が左右されるのではないか。」と主張し、ディベートしました。
フロア側からは、
「『ロマンティック街道』にはどのような明確なテーマがあったのか」
「ロマンティック街道の西洋の雰囲気を全面に押し出したような建築物は、当時の日本人にとって親しみやすいというよりも"新鮮なもの"であるかと考えますが、発表者さんの定義する"親しみやすさ"のニュアンスはどういうものなのか」
「メディアや旅行会社に取り上げられていき需要性が左右されたのではないか」
また、考察の”街道の名前やテーマが漠然としていると、訪ねたことのない人はイメージを持ちにくいため需要性が高まらないのではないか“について
「「ロマンティック街道」の「ロマンティック」も漠然とした名前のように感じる。」
と言った意見や質問が挙がりました。
また、安達先生からは
「日本人と向こうの人とでは、そもそも観光の仕方が異なる(日本人は英語やドイツ語といった言葉の壁などの理由で、自分から探索したがらない傾向がある)。」といったご意見もありました。
そして評決の結果、発表者側の勝利となりました。
以上が第6回ゼミの報告となります。
05/26 14:37
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