みんみんゼミ

第23回ゼミ報告

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1なかだ時計 2018/12/09 13:10 電話3PC iPhone

OB・OGの皆様こんにちは。第23回ゼミ個人テーマ「方言」の司会を担当いたしました、中田です。
ゼミで行ったディベートについて報告させていただきます、又、書き込みが遅くなり申し訳ありません。

今回の発表では前回の発表にて扱ったバイエルン方言における「単母音(Monophthongierung)」について、何故バイエルン方言には単母音化の現象が起きなかったのかを考察いたしました。そして、「後期中世ドイツ語時代(13世紀中葉〜15世紀末)は、人口の大部分を占めていた農民の社会では前の時代と比べて新しいコミュニケーション事情にさほど変化がなく、他の言語要素が入ってこなくても、農民間で方言を用いてコミュニケーションをとることは完全に充足されていたため、バイエルン方言はその間に起きた単母音化現象の影響を受けなかったのではないか。」という主張のもとディベートいたしました。

ディベート冒頭に安達先生から、今回の原稿に用いられていた「中世ドイツ語」(例・盛期中世ドイツ語など)の表現について、中世は歴史学の概念の為、中世という言葉を使用しないようにとご指摘いただきました。(中世→中高などへの変更)

まず、「バイエルン方言を扱う人は農民だけのような印象を受けますが、その認識でよろしいでしょうか?」という質問がありました。その返答として、「都市から人が入って来ることはあったが、小さな村(集落)まで入ることはなかっただろうという」が挙げられました。
2つ目に「バイエルン方言を使ってない人は単母音化したが、抵抗はなかったのか?」という質問に、「バイエルンにおいて、単母音化が入って来る時代には、社会の変化がなく、必要がなかったのでは。」という返答をいただきました。
また発表者から、単母音がバイエルン方言使用者に入らなかったのは、バイエルン方言に誇りがあったためではないか(同発表者の以前の発表にバイエルン方言に対して誇りを持っているという結果がでたことを述べておりました)という考えをいただきました。

そして「農民と領主の絆や、地域間の絆を壊されることをコミュニティが狭い村だからこそ、あえて方言を使い続けることで地域間の繋がりを重視したのでは」という意見がでました。発表者側から、「参考文献に、方言を取り入れて民衆に説教する人がいた。そういった人は各地を巡って色々な方言を話せる人である。聞く側からすれば自分たちが使う方言だったら、親近感や安堵を得ることができる。このことからそれは絆ともいえる。しかし、そういった説教を聞く機会よりも私生活が多くの時間を占めるだろう。そのことから絆というよりは私生活のコミュニケーションを優先した為方言を使い続けたのでは」という反論が出ました。

次に質問として、「方言の拒否ではなく、利便性を重視したのか?」というものに、「仕事では都市方言、私生活では領邦方言を使い分けていただろう」という意見がでました。
最後に意見として、「バイエルン地方では人の移動が少なかった。口語の方言が広まるには時間がかかり、バイエルン地方の人はその広まってきた言語に親しんだ人がいなかったから単母音化しなくったのでは」ということが出ました。その反論として、「都市(商業の発達した場所)では人の移動が多かった。バイエルン地方上部から広まった方言で、バイエルン地方とバイエルン地方上部は地理的に山や川などの厳しいところはない。北バイエルン地方てまは、一部では単母音に影響されていたとあり、入ってなかったということはない。そこで、農民は入ってきてもなお、人口の大部分の人々にとって、新たに広まった方言は重要視されてなかったのであろう」とのことでした。

最後に安達先生から、今回ゼミ生は昔の人々が山を越えて移動していることを前提としてディベートしていることについて、当時の人々の移動は足で移動しており、馬車はお金持ちのみ乗れるということで、基本は水運を使用していたことをご指摘いただきました。ヨーロッパでは、イタリアでは石畳み道路があったが、ドイツにはなかった。また、職人といえど同業者組合へ行かなければ店を構えることができなかったというゼミ生に対してご指摘をいただきました。ゼミ生がディベートの内容や知識について誤解している場面が多かったので、気をつけるべきであると考えます。

今回の評決の結果、フロア側の勝利となりました。
これにて第23回ゼミ報告を終了させていただきます。

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